JPBA 日本プロポケットビリヤード連盟 創立40年を迎えるにあたり、これまでの変遷の
概略をご紹介します。
 現在のJPBAという名称になったのは、1992年のこと。
それまで名称が、さまざまな必要に応じて「変更」されてきました。
しかし、日本のプロ選手団体として、一貫した姿勢で「日本のポケットビリヤード普及」に努力してきた事実は、その歴史となって現在に至っています。

1965年 京都 大阪を中心にプロ選手団体創設。
名称 NPP 日本プロポケットビリヤード連盟 
  一期生 森口信幸(会長) 堀江聰太郎 田中守 野山良一 野山修二 
藤間一男 桜本守 太田紘治 鍵村哲男 花谷勝 大橋公平
以上の錚々たるメンバーでスタートを切る。
二期生には井上彰 菅伸夫  
三期生に浪江隆 原田美恵子(初の女子プロ誕生)
その後、アマチュア界で活躍した選手がプロの門を叩くという、現在に
至る流れが確立されてゆく。
大阪 吹田市江坂 日本玉台会館ビルで「プロ選手権」がスタート。
海外からの選手も数多く参加するようになる。
1971年 NPP団体名称がPBCJに変更される。
PBCJ  Professional Billiard Congress of Japan

プロ選手権 大阪千里セルシーへ会場を移して、拡大した大会を開催するようになる。観客数も増加。
同年、田中守氏が東京へ移動し、関東へのポケットビリヤード普及の足掛りを模索活動。大きな足跡を残した。
長矢賢治 角当哲郎 奥村健 などの名選手が活躍するようになる。
1988年 業界のバックアップを得た「田中守氏」の努力が実り、キャロム全盛の関東で、ポケットが根付き始めました。
関東の更なるポケットの発展には関東単独での活動も必要と考えるに至り
JPPA  Japan Pool Players Association

を設立することとなる。然し、あくまでもプロ団体としてPBCJJPPAは同じ団体であり両団体の会長には大田紘治氏が就任。
関東がJPPAとして単独で活動することにより、東日本のポケット界が飛躍的に発展を遂げることとなる。
全国のオープン戦が作られる。ジヤパンオープン 北陸オープン など。
地方にプロ選手が続々誕生していった。
1989年 従来、アマ連盟員しか受験資格の無かったプロテストをオープン化し、ポケット愛好家に門戸を拡げる。
1992年 NBA 日本ビリヤード協会が文部省所管で「社団法人」認可を受ける。
1992年 プロ団体としてNBAに加盟するにあたりPBCJとJPPAは発展的に名称を変更し
JPBA の名の下に活動開始。全国に支部が確立されていった。
JPBA  Japan Professional Pocket-Billiard Association
1992年 4月11日〜13日 JPBAのNBA加盟を記念して、東京オープンを開催。
NHK BS放送で全国オンエア。多大な反響を得た。
プロ選手権も華やかさを増し、大会規模も大きくなり外国選手も増加。
選手数が増加。大きな大会が次々と各地で開催されるようになる。
1994年 世界選手権 アメリカ シカゴ 奥村健 日本人初の優勝を飾る。
1995年 GAISEF 国際スポーツ連合 ビリヤード加盟を承認
1996年 IOC 国際オリンピック委員会がWCBS世界ビリヤード連盟を承認。
1996年 現在のJPBAランキングシステムの基礎となるシステムが稼動し始める。
NBA CSカード 選手登録制度スタート
1997年 世界選手権 台湾 台北 高橋邦彦 優勝
1998年 2月 長野オリンピックでのIOC総会にてビリヤード正式承認を得る。
12月、アジア大会タイ バンコック〜ビリヤード正式種目となり参加を果たす。
高橋邦彦 銀メダル 川端聡 銅メダルなど日本は計6個のメダルを獲得。
NBA総裁「寛仁親王殿下」による祝勝会が東京で催される。
2000年 WPA 女子世界選手権 日本開催   ジュニア世界選手権 同時開催
UCCワールドレディース開催。
2001年 IWGA ワールドゲームス秋田 ビリヤード正式種目参加。
2002年 アジア大会 韓国 釜山 2回目の正式種目参加
5月 東京 霞会館にて「親王牌 牌戴式」殿下やJOC会長などの出席を頂き開催される。
2002年 「寛仁親王牌」をいただき、プロ選手権の大会名称を「全日本選手権」と
変更。大会フォーマットもステージ1/ステージ2方式となる。
2004年 所属選手 男子218名 女子56名 合計プロ選手数274名の団体に成長。
4月 JOC 日本オリンピック委員会 準加盟団体となる。
2005年

6月23日 社団法人 日本ビリヤード協会 JOC正式加盟団体となる。
7月 IWGA ワールドゲームス ドイツ 正式種目参加
11月 全日本選手権  奥村 健 優勝!!  寛仁親王牌 日本人初の獲得者となる。 
JPBA事務局を東京・四谷に設置。

2006年 2006年 1月 JPBA会員数 287名。
JOC日本オリンピック委員会 ビリヤード正式加盟団体承認。
12月 カタール ドーハでのアジア大会 JOC選手団として参加。
川端聡 男子8ボールで金メダル獲得。プール日本で初の金メダリスト誕生!!
2007年 2007年 1月 JPBA会員 302名
大井直幸、1996年スタート〜現在のJPBAランキングシステム初のルーキーランキング1位が誕生。海外大会増加、JPBA男子女子 世界への挑戦が増加。
2008年 2008年1月 JPBA会員 306名。
国内ツアー・海外トーナメントが充実。 多くの選手に海外試合挑戦傾向が強まる。
2009年 2010年アジア大会 中国へ向けてスタート。
「日本台湾若手対抗戦」で勝ち越す実力を発揮する成果を出す。
09年12月香港 東アジア大会 河原千尋 銀メダル 大井直幸 銅メダル獲得!
2010年 2010年1月 JPBA会員311名。メダル獲得に向けて始動。

 以上、概略として紹介させていただきます。これからもJPBAにご声援お願い申し上げます。


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